院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ

  

Love the life you live. Live the life you love.

 

大学の新入局員の歓迎会は、毎年4月の初めに開催される。ここ最近は新都心の中華飯店で行われている。あまり知らない医師が大半を占め、30有余年の月日の流れに否応なく気づかされる。古株同志旧交を温めたり、若手の医師に元気をもらったり、宴会嫌いの私でも、少し楽しみな会である。もっとも最近の新入局員は、大学卒業したてのバリバリの新人というわけではなく、研修医として、いくつかの病院を回ってきた経歴を持つ。だが、しかしスーツの着こなしがぎこちなかったり、医師としての自分の立ち位置をきっちりとわきまえていたり、専門分野に一歩足を踏み入れようとする素直な気概があふれていたり、それが私を上機嫌にする。そして、「あの頃の自分はどうだったのだろうか?」自問はするが、自答のできない問いかけが、いつも脳裏をよぎるのだ。

 

会場に入ると、医局長がそばに寄ってきて、「臨床整形外科医会の会長として挨拶することになっています。」と言った。「なっていますって、そんなことは君ぃ、前もって連絡をくれなければダメじゃあないか」と返事をすると、悪びれた様子もなく「ではよろしく」、とさわやかな笑顔で去っていった。その笑みの中には『長の付く役職に就いたからには、挨拶の一つや二つ、急に頼まれてもさらりとこなす人でなければ駄目でしょう』という、底意地の悪さが見え隠れするのだが、いまさら言ってもしょうがない。挨拶上手で評判の私自身のプライドを守り、涼しい顔でこの難局を切り抜けるために、豪華な中華料理を堪能する至福の時をあきらめて、私は頭を巡らした。先日鑑賞した映画のワンフレーズが私を窮地から救ってくれた。以下その挨拶の概略を述べる。

 

レゲエ歌手 Bob Marley の言葉にLove the life you live. Live the life you love.というのがあります。「自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。」言葉の遊びのように感じます。まあ実際そうなのですが、一晩この言葉と遊んでみると、なぜ自分は生きているのか、その真理に触れたような気持ちになります。深い言葉だと思います。さて、新入局員へ贈る言葉として、私はこの言葉のアナロジーを思いつきました。「歩み始めた医師としての道を信じろ、そしてその信じた道をひたすら歩み続けろ」。今君たちが心に描く医師としての道は、この場にいるほかの医師たちのそれよりも、純粋で穢れなく、美しく気高いものであると確信します。それを信じひたすら歩み続けていって下さい。

 

自戒を込めた檄に、新人を含め、他の医師も聞き入っている。終わると当然ながら万雷の拍手である。なぜ医師として生きているのか、医師としての人生を私は愛しているのか。その答えを見つけるために、そして「あの頃の自分」に再び出会うために、医師としての人生を生きてゆこう。そう心に誓う春の宵(酔い)であった。

 

 




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